風が通ることの大切さ

サンパウロに一週間ほど滞在していたのですが、なんか調子が悪かった。もちろん旅の疲れもあったのでしょうが、今クリチバという別の街に来て、それが何だったのかがわかった。

サンパウロは「風通しが悪かっ」た。
風通しが悪いという表現が日本語として合ってるかはわからないのだが、一種の居心地の悪さを風通しの悪さと呼んでいる。

風通しの悪さとはこういう環境だ。
・全体的に薄暗い。
・埃っぽい。砂埃ではなく生活の埃。掃除されていない。
・雑然としている。
・挨拶をしない。住人同士で会話が少ない。
・遊びにいきづらい雰囲気。部外者立ち入り禁止みたいな。
・注意書きが多い。
・知らない人に疑心暗鬼オーラを出す。

上記の内容はほぼおれの実家にもあてはまる。(会話は多い)。
昔話をすると、中学校くらいまで、自分の家に同級生を呼ぶことがあまりなかった。どちらかというと遊びに行った方だ。理由は家の中が薄暗くてほこりっぽかったので、恥ずかしくて人を呼びづらかった。

一方で、昔よく遊びに行った家のおっちゃんが3年前に言っていたのが、ウチは子供が遊びにきやすいように風通しをよくしていた、ということ。その時に自分の家が風通しの悪い空間だったんだと初めて認識した。


今回サンパウロで泊まった宿には長期滞在の日系二世や日本人もいたが、お互いに挨拶少なく、ワレ干渉セズというオーラを放っていて話しかけづらかった。
まるで日本の都会の人達を見ているようで、せっかくだからもっと交流しなきゃもったいなくねないじゃん!と思った。(それすらも話しづらい雰囲気だった。)

一方で、とある日系人のおじいさんの集まりでは、パンフレットに全員の名前を載せるとか、他の組織の批判とか、内輪のハナシをしていて、なーんか日本の会社や田舎にあるムラ社会のニオイを感じた。日系人のコミュニティに深く関わることは危険な香りがする。内部での権力争いや村八分が横行していそうだ。(全て想像です)。

日系人コミュニティは共同体なんだけど、風通しが悪いと感じる。
つまり、風通しの悪さっていうのは、
「入ったり出たりしにくいクローズドされた空間または組織」
ということだと思う。

逆に風通しが良いところでは
・喧々諤々の議論ができる。(もちろん議論の後はノーサイドで飲みに行く。)
・明るい
・よく手入れ(掃除)されている。
・挨拶➡世間話のコンボが多用されている。
・ギスギスしていない。
・ローカルルールが少なく、あかんことをしてたら、他の人が指摘してくれる。
・初対面でもフレンドリー


風通しが悪いところでは住民同士の相互理解も少ないので、小犯罪や喧嘩、確執なども多いと感じる。サンパウロという都市自体も風通しが悪い。住民は犯罪を警戒して、街角には警官がいっぱい。
他の街にくるとそのギスギス感が際立ってくる。

日本の組織の中で発生している村社会の悪弊をブラジルまできて感じるとは、これはいい種を見つけたと思った。これをなんとかすれば、それだけで食っていける。

みなさんも自分たちの環境が風通しが悪くならないようにしましょう。
人の悪口(過去のこと)を言うより、自分の将来(未来のこと)を話しましょうね。
今日は明日の前日にすぎないのだから。


チャオ!