南米へ向けて出発するまで

これから具体的に行動する段階なので、その前に過去を振り返り、自分の目的をハッキリさせます。以前に書いたことと矛盾、重複することもあると思いますが、別に気にしないでください。
 
5年間、自転車、釣具部品製造の会社シマノで、生産技術者として、働かせていただきました。そもそも入社前に3-5年で辞めて、転職するか起業しようと思ってましたが、仕事の忙しさで、志を忘れてしまいました。人間の配置的に実働部隊が俺しかいなかったので、4人分の仕事を1人でさばいてました。一番マルチタスクでだった時は13個の中期的な業務に携わり、計算したら、一ヶ月で一つの業務に2日(16時間)もかけられないという結果が出たのはいい思いでです。
 
 
俺の部署は残業が平均で80時間越えという製造現場ではノーマルなところなんですが、効率的に時間と人員を選択と集中したおかげで、俺だけは残業時間が平均で、月20時間以内に収まってました。一度やったので、方法がわかっている仕事は外注して、誰も答えを持ってない、わからない、難しい仕事を自分でやるようにして、自分の仕事の付加価値を追求していました。早起きして、誰もいない空間で頭脳労働をすると、普段の3倍のリザルトがでるので、よく6時出社して、半休取って、10時に帰宅したりしたのは自分でもヤンチャだったと思います。
 
 
 
5年目になったころから、仕事の種類に関わらず、勘所が分かって、未知の仕事でも初見でさばけるようになったので、仕事が簡単になってつまらないという思いが出てきました。また、人生の柱としてやっているサーフィンも週末や有休だけで、練習してもこれ以上は俺の才能ではうまくならない、頭打ちを感じましたので、新たな練習環境が必要だと思いました。
 
これらの条件と、上司との意見の相違がマリアナ海溝のごとく深い溝だったことを考慮して、退職することを決めました。でも、退職した後のことは全く考えていませんでしたので、転職か起業かを選択肢として、考えていました。
 
そんな折に、ふとしたことで、もう日本の将来ってドス黒いんだなーということに気づきまして、海外に出ることに決めました。候補としてはまだ未開の土地がある南米かアフリカでした。二つのどちらにしようと考えた時に南米だろ、って1秒以内でピンと来ました。
だって、地球の裏側ですよ、日本から一番遠いから、日本とは文化的に一番遠いはず。それで、色々調べると、3日後にたまたま遠い親戚がブラジルにいるということが判明したので、もうこれは南米行きの運命でしょ。いつ行くの、今でしょ。
 
辞めることは2ヶ月前に上司に伝えました。
上司からは「この部署を背負って立つ人材だから、やめないで欲しい」と言われたので、「そんなちっぽけなもんじゃなく、俺は日本を背負える逸材やと思ってますから」と言い返したら、それ以上の引き止めはありませんでした。
 
辞めた後にチケットとかいろいろプランを立てたのですが、何せ行ったこともない、やったこともないことなので、計画が全然決まりませんでした。
 
計画が全然決まらないで、焦っていた時に、小中学校の同級生がFacebookで旅行の仕事をしているという記事があったので、連絡を取り、事情を話したところ、俺の無軌道で適当な性格を察してくれて、片道で11万円で南米のパラグアイに着く航空券を手配してくれました。この提案は今思い起こしても、最適な提案で、最善のチケットだったと思います。ノリで世界一周航空券なんか買ってたら、どれだけの手間とコストが無駄になったか。(最低でも30万円の損失だったと試算。)
 
南米に到着してからが長くなるので、また次回に続きます。